シュ・ミゼラブル

趣味多すぎてパンク。雑な感想、メモ

東宝『エリザベート』2019を観終えて考えたこと、8/23の感想

東宝エリザベート』2019年公演が終わって1ヶ月以上が経った。
3ヶ月のロングランは運営側にとっては色々負担だったと思うが、お陰さまで5公演観ることができた。
最後の観劇が終盤の8/23のマチネ、ソワレだったので、その時の感想を交えて記録したい。

 

8/23もマチネ・ソワレ共に素晴らしかった。古川さんも(井上)芳雄さんも大好きなので甲乙はつけられないが、観た5公演の中で印象に残ったのは8/23のマチネ。
6月ぶりに見る古川さんのトートは、以前より落ち着きがあり舞台全体も暗く冷たかった印象。 心が締め付けられるような回だった。

自分が思う『エリザベート

少なくともこの国での『エリザベート』は「シシィと黄泉の帝王トート閣下の愛の物語」とがメインとされていると思う。ポスターもそんな感じあるし。
しかし単にそれだけで終わってほしくないなーと個人的には思っている(何様?)。
わたしが観ている『エリザベート』は、「シシィが王妃エリザベートとして歩む運命(死を含む)の中で、固定観念や決められた道に縛られず「自分の人生を生きたい」と葛藤する物語」が軸にある。そこに世界の歪みや価値観の変化、そこに巻き込まれる人々(代表でルドルフ)を同時に描いている...と勝手に考えている。いわば大河ドラマ
どんな演出でも(※)許容してるご様子のクンツェさんなので、この自己流の考えも「解釈の自由」として許してくれそう(会ったこともないのに友達みたいに言うな)。
※どんな演出でも:国ごとにちょっとずつ演出のされ方が違うという意味で

とりあえず個人的に理想の『エリザベート』があって、雰囲気は「暗く冷たくあれ」なので、8/23マチネが理想に近かった。ついでに座席も前方センターで最高だった。

 古川トートの変化―心の隙に入り込む

この回での古川トートさんは静けさを纏っていた。
「シシィを死で支配する」というよりも、「シシィが弱さを見せたときに振り返れば死が寄ってきている」という感じ。
花總まりさんのシシィには「覚悟と気品を纏いつつ、ふとした瞬間に崩れ落ちてしまうような儚さ」があるので、その心の揺らぎから生まれた隙間にスッ(っていうかヌッ?)と入り込むような、そんなトートに仕上がっていた。

『愛と死の輪舞』の場面。以前は少女シシィを見つけ「嬉しい!」とか「見つけちゃった!」という感じを全面に出していたが、今回その喜びは圧し殺されており、憎しみに近い感情に変わっているような表情だった。
これも個人の勝手な解釈だが、トート(死)はシシィの 「運命もを変えていきそうなバイタリティ」に魅力と恐怖を感じていて、それをいかに思い通りに持っていくかの駆け引きを楽しんでいるのでは ?と思っている。
なので終盤ルドルフを亡くし弱々しいシシィには素っ気ない態度をとったのかな。(後に自己解決?します)


ルドルフに対する態度

 

どっちがいいとか正しいとかいう話でないが、
(井上)芳雄さんのトートはシシィを支配しようとしている感じ。なんとしても手に入れてやるって感じで、まさに帝王(ご自身もそう演じたいって言ってたような)。従ってルドルフに対しては「シシィを振り向かせるための道具」として「強さと冷淡さ」を感じる。

古川トートさんの方は、さっきも述べたように弱さに入り込む感じ。
ルドルフに対しては「憐れみ」のような態度をとっているように見える。
『闇が広がる<リプライズ>』でも、ルドルフに語りかけるような目と、「もしかして泣いているのか?」という表情をしていた(対シシィの時の闇広でも泣きそうな顔だったが)。6月に観た時から対ルドルフに対しては優しい印象だったが、8/23に拝見したときは「単なる優しさ」ではなかった。
自分の意志を貫こうと立ち上がるも、同時に死へと向かっていくルドルフの運命に対する「憐れみ」が溢れる表情をしていた。

実際にご本人も対ルドルフのシーンにはこだわりがあったらしい。
先日送られてきたFC(実は入っている…)会報内でのインタビューで「母親から得ることができなかった愛情を与えるような感じで向き合っている」みたいなことを仰っていた。母性。古川トートはママ。
他にも長くルドルフを演じてきたことを踏まえて、


「僕自身は、トートはルドルフが自分で作り出し、映し出している存在、ととらえていました。最後の“マイヤーリンク”でも、死が近づくにつれて葛藤する振付がついていたこともあって、そんな解釈をしていました」

www.musicaltheaterjapan.com

観て感じ、考えるのが芸術鑑賞のツボというか、私のこだわりなので、観て考えて自分の答えが出る前にインタビュー等はあまり見ないようにしている。なのでその後に色々と漁るのだが、この部分に関して今「やっぱりわたしの勘違いではなかったな」と謎の安堵感を得た。

 理解しづらい「まだ私を愛してはいない」


そうすると、亡くなったルドルフを哀れみ、自暴自棄になって死を望んだシシィに対し、トートが「まだ私を愛していない」と突き放したことになんとなくだが納得がいくような気がする。
他にもシシィが死を望む場面はあるが、その時とは異なり、一度自分が突き放したルドルフを惜しみ、弱弱しく死に頼ろうとする。意志がブレているような、エゴで死を求めるシシィにトートは魅力を感じなかったのかも。
ルドルフのように「衝撃を与え、人(父含む)の心を動かす」ことや、途中シシィがフランツヨーゼフに対し「死」で訴えようかと考えた時のような「意味のある死」、それが「トートが許す死」なのかもしれない。

 

ルキーニについて

 

ここでルキーニの話に変わるが、ルキーニは「命を操る力を持つトート閣下」に憧れ、崇拝している。だが「トート閣下」は崇拝の対象であるだけでルキーニには目もくれない。
仮にトートがバイタリティ溢れる者に魅力を感じるとすれば(出典:自分)、死に憧れるルキーニは魅力がない。唯一接点があるのはヤスリを取らせる時だけ...名前まで呼んでるけど。 それもルキーニの幻聴かもしれないけど。
ルキーニの罪は、トートにしか許されない「命を操る」 という行為(シシィの暗殺)をしてしまったことなのではないかと思っている。
話が逸れるが、仏教には「修羅道」という考えがあり、能楽でよく描かれている。 生前に戦(勝敗関わらず)をしたものは死後落とされる。そこでは経験した戦が繰り返され、永遠に戦い続けなければならない。
ルキーニが犯したのは「人殺し」という罪であり戦でもないし、修羅道とは全然違うのだが、100年間も繰り返し罪を問われ、舞台のラストに自殺してもまた冒頭に戻り、永遠に苦しみ続ける拷問を受けているという部分が、少しだけ似ているなあと思った。 

成河さん


8/23マチネのルキーニは成河さんで、観察させていただいたが、ゾクゾクした。
「舞台なのでよく見えるように大きく表情を変えている」(ベロベロはしているけれども...) っていうわけでもないし、「歌がおもいっきりダイナミックで抑揚が凄い」というわけでもない(勿論とってもお上手です)。
どこにもオーバーさがないのに、セットで表現されている部分以上の情景が浮かんでくるのは、演技が本当に素晴らしいということに違いない。素人なので、「演技が上手い」というのはどういうことなのか具体的に語ることはできないし、そもそも簡単に「演技が上手い」と一言で片づけるのは失礼だと思う。
だけどこれだけ見えないものを見せてくれるということは、それくらい訴える表現力があるということだ。
また能楽の話になって申し訳ないが、能舞台にはセットがほぼない。その中でどれだけ情景を見せることができるかが勝負であり面白さだ。その精神?が自分の中にあるので、そういう目線で成河さんの演技も素晴らしいと思った。

狂言回しとして観客に語りかけるときはコミカルさも交えて魅せてくる。
『結婚の失敗』の場面でゾフィーさまvsシシィパパに挟まれ「オルゥスアアアア&¥$@&#}>~~!!!」ってなるところは狂っていて好きだし、『マダムヴォルフのコレクション』で娼婦ちゃんのお尻をタッチしてその手をベロンて舐めていたところも気持ち悪さ、下品さが出ていて「も~」ってなった(語彙力)。
『ミルク』の迫力も鳥肌がたち、『憎しみ』で「民衆の(あまりいい意味ではない)アイデンティティ」を呼び起こす圧も恐ろしかった。

先に述べた「トート閣下への崇拝」を感じた部分は2つ。
まず『我ら息絶えし者共ども』。
閣下が降りてくる前に、成河ルキーニさんが口パクで「わたしの全てです」って言っているように見えた。 本当は何て言ってたのか、 今まで他のルキーニも言ってたのかはわからないので、詳しい人いたら教えてください。
後は最期、エリザベートを暗殺した後に口をパクパクさせていたところ。上の空で、目から涙が流れていた。閣下に近づくために達成できたという喜びなのか、動揺なのかはわからないけど。
暴力的ではなく不気味な怖さが滲む。「ルキーニが狂言回しとして妄想を舞台で繰り広げている意味って何なのだろう」と考えさせることは、この舞台に深みを与えると思う。

 

涼風さんのゾフィーがかわいいという話

 

ちなみにこの回では、涼風真世さんのゾフィーもよく見ていた。単純に好きなので…。
涼風さんゾフィーは冷酷でヒステリック気味で、本当に怖い。だけどかわいい。怒るときは口を尖らせてプンプンしてたり、フランツに対しては満面の笑みになったり。生まれたての孫を微笑みながらあやして話しかけたり、お見合いの場面で妹(シシィのママ)と楽しく笑顔で会話してたりする。表情が豊か。
そういうところがあるから厳しすぎるけど嫌いになれないし、お考えもわかるかも…と涼風ゾフィー様の侍女になってしまいそうだった(「ごもっとも!」)。
死の場面では涙が頬を伝っていて美しかった。

 

おわりに

 

書ききれないのでマチネのことを中心に『エリザベート』全体について書いたが、ソワレもめちゃくちゃ楽しかった。
ワクワクエキサイティング育三郎シートみたいな席だったからキッチュの時はお土産ねだったりしたし(笑)、芳雄さんとちゃぴさんの爆音を浴びた。ちゃぴちゃんさんの歌い方、とても好き。
(田代)万里生さんのフランツヨーゼフが涙でビショビショになる『悪夢』もすごかった。普段丁寧で正統な姿勢の人が、狂ったように取り乱す姿はより大きな衝撃を感じさせる。理想のフランツヨーゼフだよなあ。

これでもまだまだ言いたいことがあるけど、結構頭を使うし疲れるので、気が向いたら書こうかな・・・と思う…。

来年のエリザベートは大阪に来てくれるらしい。
キャストはどうなるかわからないけど、観てほしい人が5人くらい(多い)いるので嬉しい。やはり東京だと遠征のハードルがあるので、観てみて!っていうには厳しいものがある。ただチケット、取れるのかなあ…。

*・*・:::・*・*:::・*・*:::・*・*:::・*・
観劇日時
①2019年8月23日(金)13:00~@帝国劇場
花總まり/古川雄大平方元基木村達成涼風真世/成河/大河原爽介
②2019年8月23日(金)18:00~@帝国劇場
愛希れいか/井上芳雄/田代万里生/三浦涼介剣幸/山崎育三郎/加藤憲史郎
*・*・:::・*・*:::・*・*:::・*・*:::・*・

f:id:tomoshka:20191014202320j:plain

 

赤ちゃんみたいな中井貴一をみんなで応援する映画『記憶にございません!』を観てください※(たぶん)ネタバレなし

三谷作品×中井貴一主演×記憶喪失の総理とかそんなんね・・・・面白いに決まってるんですよ。
以前ゴジラを観るため映画館に赴いた時にこの映画の宣伝に出会い、絶対観るって決めた。 
政治パロディネタも、「いつもはかっこよく決めてるおじさん」がおかしなことになってるのも大好きなので。
演じる役者を決めてアテ書きをすることで有名な三谷さんだが、彼もこれを思い付いたときは笑いが止まらなかったと思う。ちなみに自分も高校時代文化祭の劇でアテ書きの台本を書いたことがあるが、設定考えるだけで息止まるくらい笑った。
中井貴一がこんなみっともない姿でうろついていたら」「中井貴一がこんな純粋な目をしていたら」「中井貴一がこんな弱気発言をしたら」・・・・
三谷幸喜の俳優・中井貴一への愛を感じたし、わたしもたぶん好きなんだろうなと気付いた。
 
「絶対に観に行く!」と言っては毎回タイミングを逃し結局観ぬまま上映終了した映画を多く抱える人間だが、今回は強い意志で公開三日目、意気揚々と映画館に向かった。
 
正直「中井貴一が演じる総理大臣が記憶喪失になる」っていう設定の時点で出オチ感がある。宣伝で盛り上げて、それがもうネタバレみたいなもんで、中身はまあまあなのかなって思いがちなんですよ、純粋じゃないので。そういう映画よく出会いますし。
でもこの「記憶にございません!」、宣伝の何倍も本編に情報があふれていて宣伝の何倍も笑います。三分間に一回「なんやねん!」と言いたくなります。・・・あっ 三分間に一回はちょっと言い過ぎかも。
 
で、実際何がどうよかったのか書かなければ感想にならないのだが、もう何を書いてもネタバレになってしまうんでほぼ書けない実情。
話の展開はもちろん、誰がどんな感じで出てくるとか、どのキャラクターがどうで面白くて期待とか、こんなシーンがすきとか、どれを書いてもネタバレになる。知っててもどうってことないかもしれないけど、知らない方が絶対楽しいので。だから表面的なことしか言えない。
とりあえず首相秘書官のおディーンの横顔が美しくて、事務秘書官小池栄子さんがかっこよくてキュートで、秘書官補の迫田さんは何してるんかわからん。記憶喪失の総理大臣を守る秘書達がすてき。あと濱田龍臣君の演技が顔芸入っててすき。
 
好きなシーンのうちの一つをあえて言うなら、序盤の交差点のシーン。
みっともない姿の中井貴一がぶるぶる震えていて、「よくわからないけど家出してどうしたらいいかわからずテンパっている犬」みたいで本当に笑った。こんなん見たことないし。なんで交差点でぶるぶる震えてるんだ。面白すぎたので家に帰ってマネしました。
 
登場人物それぞれどこか抜けていたり、おかしなところがあって人間くさい。そして愛らしいので、大好きになる。「人間のおかしさ」を描くプロです、三谷監督は。
記憶喪失総理の中井貴一は何も知らなくて、もうこれは赤ちゃん。何か新しいことを知ると赤ちゃんみたいなピュアな笑顔を見せるし、おディーンに叱られると赤ちゃんみたいにしょげるので、みんなで応援したくなる。これ応援上映できる、やろうと思えば。
そんな赤ちゃん総理の行動に始終ヒヤヒヤしっぱなしだが、イライラはしないし、最後はハッピーな気持ちに包まれる。
変わることの難しさ、難しいけど勇気をもって変わってみると見えてくるもの、物事をシンプルに見て行動してみると変わるもの・・・
主人公は平成史上最低支持率の総理なので、まあ最悪な人間でした。周りから伝えられるこれまでの自分の姿に「最低な人間だなあ」と落胆する。またその姿に観客は笑う。しかし、自分が見えていないのは彼だけだろうか?我々も、自分のエゴな部分にどれだけ気付けているのだろうか?と考えさせられたりもした。
もちろんこんな話、現実的じゃない。けどこんなファンタジーがあってもいい。
登場人物は政治家たちだが、思想の話でもない。人間の話。人間と人間の話。だから関係ない世界の話ではない。
楽しい中にも考えされられる部分もあり、皮肉もあり、感動もあり、愛があり、そして最後はハッピーになり・・・。
なんて贅沢な時間だったのだろうか。洒落てる。だから三谷作品は面白いなあと思う。
このハッピーを抱えてしばらく生きていきたいって思った。
 
追記:
「記憶にございません!」の公式サイトのURL、「記憶なし_ムービー」で笑った。
それと「中井貴一」でGoogle検索したらこの並びで出てきてもうダメ、いかんでしょってなった。

 

今年もミュージカル『レ・ミゼラブル』を観た

ミュージカル『レ・ミゼラブル

作:アラン・ブーブリル&クロード=ミッシェル・シェーンベルク

原作:ヴィクトル・ユゴー

作詞:ハーバート・クレッツマー

演出:ローレンス・コナー / ジェームズ・パウエル 

オリジナルプロダクション制作:キャメロン・マッキントッシュ

*・*・:::・*・*:::・*・*:::・*・*:::・*・

観劇日時
2019年7月6日(土)12:00~ @梅田芸術劇場メインホール
佐藤隆紀 / 上原理生/ 知念里奈 /

唯月ふうか / 海宝直人/ 生田絵梨花 /

斎藤司 / 朴路美 / 上山竜治 / 他

 *・*・:::・*・*:::・*・*:::・*・*:::・*・

 

導入

今年のレミゼラブルも観た。

原作を読み、2012年版の映画で感動し、その後ロンドン・ウェストエンドで初ミュージカル鑑賞(ストレートプレイの舞台それまで観ていたが、ミュージカルはほぼ初)としてレミゼラブルを浴び、2015年、2017年の日本版を観てきた。特に長くもない観劇履歴のなかで、着実に重要なものになってる。

「日本・世界に大ファンがいる作品だし、畏れ多い」という謎の遠慮から特に深入りしてこなかったが、やっぱり観ると安心するし心から素晴らしいと思える。

暗い作品なのか

今回ふと思ったのが、わたしはこの作品のことを「暗い作品だと思い込んでいたのでは」ということだ。これは勿論人によって感じ方は違うし、暗くないと言ったら嘘になる。

人は死ぬし、理不尽なことが次々に起きる。昔知り合ったばかりの知人とミュージカルの話になったとき、「レミゼラブルが好き」と伝えると「自分は好きではない、暗い。暗い気持ちになる」と言われたことがあって、「確かに暗いな、自分は好きだけど、暗い作品なんだ」と思い込んだ。それからあまり自分から人に勧めることをしなくなった。

でもやっと今回「ただ暗い作品ではない、むしろ光が宿っている」と気付いた。

先に述べたように闇の部分は多いが、その中にジャン=バルジャンの信念やコゼットとマリウスの愛などが光として差し込む美しさがある。

勿論明るい光に満ち満ちるわけではないけど、細いけど強い「一筋の光」が眩しく映る。

これに気付けただけでも今回観てよかったと思った。他から見れば「今更?」と思われるかもしれないけど。

 

初めてエピローグに心打たれた

怒られるかもしれないけど正直「このミュージカル、エピローグ必要なの?」と思っている時期があった。別にバルジャンの過去が不要という話ではないし、むしろその過去があるから深みと意味のあるストーリーになると思っている派である。

だから一層、原作であれだけ尺をとって長々としっかり描かれているジャンバルジャンの過去がダイジェストで広げられていくので、「原作知らない人からしたら余計に混乱しそうだし、こんなに省略するならいらんのでは。ジャベール警部かっこいいから許す」とか思ってしまっていた。

けどそれも勝手な思い込みだった。実際あのエピローグには消えない過去の苦しさ、変わろうにも変われない理不尽さの闇の部分と、慈しみと愛に触れ自らと向き合い変わる決心をしたジャンバルジャンの勇気という光の部分がミュージカル化するなりに描かれていた。(仏初演版にはなくウェストエンドに持っていくときに追加された部分らしいが。)

この数年で自分のなかで何があったのか知らないが、自分でも驚くくらい今回エピローグで感動した。

シュガーさんのジャン・バルジャン

これを記録している時点では今回のバルジャンは佐藤隆紀さん(以下シュガーさん)しか見ていないので、もしかすると皆演出でこんな感じなのかもしれないが、率直に感じたこと。

ジャン・バルジャンだというシュガーさんだが、それを感じず、正直途中で「あ、これシュガーさんだったんだ」と気付いたくらい入り込んでいらっしゃった。

クセがなくてまっすぐで芯があって人間で、「シュガーさんを見てる」のではなく「ジャンバルジャンを見てる」と何の誇張もなく感じた。だから、今回シンプルな作品の良さに気付けたのかもと思って、シュガバルジャンさんに感謝申しあげます。

勿論お歌も素晴らしくてかっこよかったです。

真ん中が開く演出

エピローグの話に戻るが、ジャンバルジャンの過去の後にタイトルが提示されて1幕始まるところがめっちゃ好き。思い起こすだけでもぞくっとするくらいかっこいいしなんか好きすぎて涙がこみ上げてきそう。

今から怒涛のドラマが始まるんだという圧、曲の重厚さ。

真ん中が開いてそこからパリの貧しい人々が出てくるところが無駄がなく、効果的な演出に感じて拍手しそうになる。

真ん中開くところで好きなのは他にもあって、裁判のシーンですっと開いて光が差し込むところ。ここの場面展開が下手だとセット移動の無駄時間ができそうだけどそれがなくていいなあ!と思った(何目線?)。あと、エポニーヌのソロ後にバリケードが展開されるところ。

場面展開に待ちがないセット、演出ってステキですよね。別に専門で勉強してたとかじゃないけど素人目線でもそう思う。

 

マリウス

海宝マリウス

実は日本版レミゼラブルでのマリウス、海宝さんしか見たことがない。

が、今回も素晴らしかった。プロマリウスと勝手に申し上げております。

当たり前だがお歌が極上。しかも演技も素敵。コゼットに出会って喜びが心には収まり切れなくなったから歌にも、表情にも、動きにもにじみ出ちゃいましたみたいな感じ。心が奪われてぼーっとしてしまっていて、「マリウスポンメルシー君!しっかりして!」って応援上映があったら言ってしまいそう。

申し訳ないが「マリウスほんとひどいよな」って思う時期もあったけど、今は「ピュアなので、目の前が見えなくなってしまっているだけ」だという印象なので、エポニーヌちゃんにも「友達」としてしっかり接していた。

エポニーヌの臨終シーンで介抱する海宝さんの表情も素晴らしかった。

でもやっぱりとにかく海宝さんの歌が素晴らしいので、これでは足りず、もう海マリの時はコゼットの分も代わりに歌っていいよ、って思った(コゼットごめん)。

GOE+5のリフト

気絶していてジャンバルジャンに運ばれていくシーン。

席が舞台から近すぎて何度かの抱えられる体勢変更の流れもしっかりみえてしまったのだが、シュガーさんと海宝さんの連携が自然できれいで、フィギュアスケートを見まくってた者としては「佐藤海宝ペア、リフトの出来栄え点+5です」っていう気持ちになった。

カフェソング

悲しくて美しいシーン。

その前に残された女たちが祈りのキャンドルを置いていくが、それを散った学生たちの幻影が回収していく。消えていくキャンドルが虚無を演出しているし、虚無を演出しながら美しく場面展開に持っていくのが素晴らしくて感動する。

しかもそこにまた海宝さんの切ない歌声が…。沁みた。

あんなに喜びで満ち満ちて輝いていたのに、ここでは心の穴をぽっかりあけて、目に生気がなくて、苦しみが伝わる。それがまたこの後の光の影となる。

コゼットはマリウスのマリア

コゼットは一見ただのきらきらしたお嬢さんだと思われがちだけど、ファンテーヌの幸せへの希望を回収する、強い人だと思うので、そんなパワーも持ち得ているはず。

先述の暗い影を抱えてしまったマリウスの希望で、でもただ支えるというサブの役割ではなく、起き上がれるように引っ張っていく存在なのでマリアだな…と解釈するなどした。

ジャベールが好き

元々好きな登場人物がジャベール警部とアンジョルラス。二人はいる立場と思想は違うけど、信念を貫いてそれが第一だと思っているところがそれぞれ似てるなあと感じている。

(ちなみにミュージカル『マタ・ハリ』のラドゥー大佐とかもすきである。)

ジャベール警部は単純に冷酷だとか、人の心がないとかではなく、真面目な人だと思う。仕事に対する熱い信念を持っていて、貫くために邁進している。

規律、正義をアイディンティティとしていたジャベール警部が、愛や慈しみ、情に触れてわからなくなってしまった。しかもそれに負けて信念と異なることをしてしまって、最期を遂げることになってしまったと解釈している。今まで築きあげてきた自分を壊される気がしたら、混乱するし、怖くなるし、その事実を信じたくはない。

これはバリケード内でジャンバルジャンに助けられたことだけがきっかけではなくて、(生まれ変わり後の)バルジャンが他人への愛で動く姿を見続けてきたのもジリジリきていたんではないかなあとかも考えてしまう。

上原ジャベール

若くて瑞々しくてとても品のあるジャベール警部、良すぎ。ピッタリとした制服も、執念でバルジャンを追い回すキャラクターも似合いすぎていて、初の役とは思えないのですが。プロジャベールの方・・・?となった。

お声も強くてくまさん感もちゃんとある(ジャベールにはくまさん感を求めてしまう)し、真面目すぎるが故のドジっ子属性も感じる。

病院での対決シーンの「仕留めるぞ」という顔がめちゃくちゃよかったが、その後ジャンバルジャンにボコボコにされるところ、正直「やめてあげて~~!!」となってしまった。

スターズの伸びやかな歌声の圧は素晴らしい。自殺前の髪を下している姿はビジュアル的にも素晴らしい。とても素晴らしい(語彙)。

将来ジャンバルジャンにも挑戦してそうな影を勝手に感じた。

そのほかキャスト

その他のキャストについても色々あって書ききれないのだが、アンジョルラスも正直コゼットも、みんなとにかくよかった。

唯月エポニーヌ

デスノートミサミサぶりの唯月ふうかちゃんさん。細くて小柄でかわいいエポニーヌだけど、感情的で存在感のあるエポニーヌだった。表情もコロコロ変わってマリウスに夢中な様子が伝わる。マリウスはコゼットに出会って目の前が見えなくなっていたけど、エポニーヌはマリウスに夢中だからこそ周りをよく見ている、という印象。

コゼットのこと殺めてしまうのではくらいの勢いもあった。

斎藤さんのテナルディエ

斎藤さん、髪型違うだけでビジュアルは誰だかわからんくらいだったけど、やっぱり声に特徴があるから「あ、斎藤さんだ!」ってなった。いいかんじの気持ち悪さと狡猾さが出ていた。

確かに声は斎藤さんだし役としてのコメディ感はあるのだが、思っていたよりも真面目にシンプルに演じてらっしゃったなと思う。これ、慣れてきたらもっと斎藤さんなりの、舞台を邪魔しない程度の、何か個性がでるのかなと少し期待。今はまだ思いっきり感が少ないかなという感じ。ある程度は役者の個性があってもいいと思っているので。

あと、席が前すぎてワンデイモアの時、右上の窓から出るパプリカ持った斎藤さんが気になりすぎた…笑。

おわり

新しい発見ができて、感じ方も変わっていたりして、自分の成長も感じられて、いいことずくめのレミゼラブル鑑賞だった。大阪公演も後少ないけど、個人的に小野田アンジョルラスが凄く見たい…、チケットはない。

さて、その希望は叶うのか…?to be continued…

f:id:tomoshka:20190714173257j:plain

f:id:tomoshka:20190714173305j:plain

 

「ゴジラ キング・オブ・モンスターズ」観た。ゴジラは御神輿

※ネタバレあり

渡辺謙が出てる」「なんかめっちゃヤバイらしい」という前情報だけで観に行った。
結論から申しま~す~と(声:ミュージカル『エリザベート』より山崎育三郎ルキーニ)渡辺謙は出てたし、めっちゃヤバかった。
前情報これだけで全然エキサイティングできた。

 

*・*・:::・*・*:::・*・*:::・*・*:::・*・

godzilla-movie.jp

2019年 ‧ ファンタジー/SF ‧ 2時間 12分

監督:マイケル・ドハティ

出演:カイル・チャンドラーヴェラ・ファーミガ、ミリー・ボビー・ブラウンサリー・ホーキンス渡辺謙チャン・ツィイー

*・*・:::・*・*:::・*・*:::・*・*:::・*・

同行者も前情報なかったので、「渡辺謙は吹き替え上手らしいな~」「ピカチュウでも渡辺謙は吹き替えうまかったわ」「浅野忠信の吹き替えは微妙すぎて、浅野さんも自覚あるらしい。渡辺謙はやっぱりすごいんやなあ」「渡辺謙すごいんか」「ていうかピカチュウ渡辺謙出てたってことは、もしかしてゴジラには渡辺謙出てない?勘違い?」「渡辺謙出てる出てる!」と渡辺謙の話だけして映画館に向かった(中身のない話)。

観てる間は「どういう意味これあっ!かっこいい~こいつヤバイやつやん!えっどういう意味、えっ死ぬの!?えっうわ~!そんなのあり得るか!?え~~~」っていう感情に振り回されていたので、ちゃんとしたレビューみたいなものは無論書けないが、とりあえず面白かった。

 

ゴジラモスラのラブストーリー

モスラゴジラのラブストーリーが一番衝撃的だった。

正直ゴジラ界隈に全く詳しくなく「シンゴジラ」しか見たことないので(渡辺謙のくだりでバレている)、モスラが女の子キャラということも知らなかった。

しかもモスラめっちゃ強い。モスラって蛾なのになんであんな強い?固定観念だが、蛾とか燃えたら終わりだし、脚とかちぎれそう。でも強いモスラ
そもそも蛾がめちゃくちゃ苦手だ。人がゴキブリを嫌がるのと同じレベル、これ以上に恐怖対象である。冒頭のモスラの繭のシーンで「モスラ出てくる。蛾無理だった、でっかい蛾、オワタ」と思ったが、成虫(?)のモスラは蝶のように華麗で、動きが美しかった。「先ほどの無礼をお詫びしたい...」と思った。

 

登場人物が面白い

性別はあまり関係ない

この映画では性別はあまり関係なさそう。
対男性には「男らしく!」みたいな言動もなければ男だから、みたいな描き方がない。
対女性にも「女のくせに」「女なのに」といった矢はないし女を武器にする人もいない。
そしてみんな自分らしく、自分の極めたいことに邁進してるからかっこいい。

わたしはどうしても参考にしたいので女性を中心に見てしまうのだけど、大佐は部下を従えてコントロールしているし慕われている(っぽい)。マディソンも少女だが果敢で、自分で考え行動する。(※マディのママ・エマはさすがにいきすぎてる。)

チェン博士が好き

チャン・ツィイーが演じるチェン博士がすき。
当初観たとき誰が演じてるのかわからなくて(前情報が渡辺謙しかないから)、「誰めっちゃかっこいい!」とときめいた。ショートヘアで、吉瀬美智子かなと思った。たぶんみんな思ってた。
冷静で、神話を通じて怪獣たちを研究対象として見ている感じ、知的。神話との繋がりに気付いたときの目の輝きがオタクのそれと同じだった。
一番ときめいたのは「深海ゴジラお目覚め大作戦」(造語)に出発するときにモニターに親指を立てるシーン
かっこよすぎて自分もカーキのジャケット着て腕捲りしたいと思った。シンゴジラ観たときは石原さとみがかっこよかったのでベージュのシャツ買った。
やっぱり何かこだわりを持って極めようとしてる人に惹かれるなあと思った。

エマーー周りが見えなくなるのは怖い

だがさすがに同じ何かこだわりを持って極めようとしてる人であるエマ(マディソンのママ)はヤバイ。宗教にハマってる人の目してたし、さすがにテロリスト。見終わった後、「エマの目、いってたな」って話になった。何かに集中して、魅了されるのはいいけど周りが見えなくなって、客観性を失うのは危ない、ダメゼッタイ。エマの「環境を破壊してきたのは人間」という主張はわかるしそういう意見もあっていいと思うが、さすがにいきすぎると危険思想。
あと、エコテロリスト(ってなんだ)が時々渡辺謙に見えた。

 

吹替版

吹替でみたのだが、エンディングの後の[Alexandros]が青春映画感出してきた。
何度もいうが、渡辺謙以外の吹替含むキャストの情報を全く仕入れていなかった上に、[Alexandros]が日本版のエンディングを担当してることも知らなかった。いきなり[Alexandros]が流れて「何!?ゴジラたちとの思い出ムービー!?」って思ってしまったし、さっき見てたゴジラキングギドラの闘いシーンがヤンキー同士のバトルだったんじゃないかと錯覚し始めた。
しかも吹替が渡辺謙以外にも田中圭木村佳乃芦田愛菜ちゃんとかめちゃくちゃ豪華で大声で「ええー!」って言いそうになった。めっちゃキョロキョロしてしまった。
芦田愛菜ちゃん自然で上手、いい声。
芦田愛菜ちゃんとか知ってた!?前も同じような役の吹替してなかった?」という話になったが、「それはパシフィックリム」と言われた。

eiga.com


吹替どころか本人だった。

音楽強い

お経リミックスも、セイヤ!も、とりあえず音楽強い。
でも流れ始めるのが後半(だったと思う)なので、既にゴジラ神話に洗脳されている身にはナチュラルな崇拝音楽くらいにしか感じなかった(重症)。
さすがにエンディングでは徐々に洗脳が解け、ゴ!ジ!ラ!セイヤセイヤ!の“ヤバさ”に気付けた。
セイヤセイヤって煽られるゴジラ、これは御神輿。
御神体だから。ゴジラは御神輿。
お経リミックス作った人、(椎名)林檎さんと気が合うんじゃないか。すぐ「お経」っていうプレイリスト作った。

youtu.be

1954年に伊福部昭が生み出した唯一無二のゴジラ音楽が、ハリウッドによる壮大なリスペクトで、新しいソウルが吹き込まれていく特別メイキング映像!
ゴジラ』のメインテーマに加え古関裕而の「モスラの歌」、日本人僧侶による読経、25人もの日本人太鼓奏者の掛け声を使用し、そしてLAを始めロンドンや上海、日本などのレコーディングスタジオで、数週間に渡って魂の収録が行われた。

日本人僧侶による読経、25人もの日本人太鼓奏者の掛け声

強すぎる。ゴジラとその生みの親へのリスペクトも感じられる。

 

ラドン

ラドンが「ごますりくそバード」「スネ夫」「メキシコのイキリ翼竜」って呼ばれてるの面白すぎる。長いものに巻かれがち。チェン博士のくだりの通り、こだわりと信念がある人を尊敬しているので、ラドンちゃんみたいな流されまくるようなのはお断りである。さっきまでキングギドラのためにあんなに戦ってたのに、あっさりゴジラに平伏して、「あなたには信念というものがないんか」と思ってしまった。
友人から送られてきたラドン


f:id:tomoshka:20190630143047j:image

目線がムカつく。
エンディングで「ラドンちゃんは火山に帰りました♪」みたいなかんじだったが、「メキシコを火の海にしたくせに何のうのうと!?」という気持ちになった。

 

 

あんなにゴジラから出る放射能を浴びてるはずなのにみんな結構普通にしてるのもツッコミどころあるが(さすがに渡辺謙は終わった)、生半可な気持ちで見に行っても楽しめる映画だった。
映画館から出た後の会話も盛り上がった。

次、アラジン見に行きたいなー。

 

一応あらすじ

 Wikipediaより

ゴジラとムートーの戦いから5年後。巨大怪獣の存在が公になり、それまで極秘に怪獣の調査を行ってきた秘密機関「モナーク」は政府や世論から怪獣への対応と被害の責任について追及を受け、解体の危機に晒されていた。

同じ頃、中国・雲南省にあるモナーク基地では、モナークの科学者エマ・ラッセル博士と娘のマディソンらが孵化したモスラの幼虫との交信を試みていた。しかし、そこへ環境テロリストであるアラン・ジョナ率いる傭兵部隊が基地を襲撃、エマとマディソンを連れ去り、怪獣と交信する装置"オルカ"も強奪されてしまう。事態を把握したモナークの科学者・芹沢猪四郎博士は、元モナークのメンバーでエマの夫マークに協力を要請し、攫われた二人を救出するため力を合わせることとなる。

オルカの音波を追跡した結果、アラン達がモナークの南極基地へ向かっていることが判明し、マーク達も南極へと向かう。南極基地を占拠したアラン達の目的は南極の氷塊に眠る怪獣"モンスターゼロ"を目覚めさせることだった。到着したモナークの兵士とテロリストが銃撃戦を繰り広げる中、マークは妻子と再会する。だが氷塊に仕掛けられた爆弾が爆発し、基地は崩壊してしまう。アランはエマとマディソンを連れて逃亡、マーク達も間一髪基地の崩壊から免れるも、それにより眠っていたモンスターゼロが目覚めてしまう。

しかし、そこへモンスターゼロの復活を察知したゴジラが出現し、ここに怪獣たちによる世界の命運を掛けた戦いが始まった。

 

 

6/23のエリザベートも楽しかったが脳内がカオスー欲望と誘惑のトート

また帝劇に降り立った我。
あの暗い舞台をマチソワって、心の闇が広が~るやろ…って思ってたけど全然いけてしまった。


前日は映画『ゴジラ ザ・キング・オブ・モンスターズ』を観てハリウッド級のノリを手にし、行きの新幹線では『三浦大知 ONE END TOUR 2019』をフルで観賞して、ノリノリのアゲアゲで『エリザベート』マチネに乗り込んだが(もはや““キメている””人)、
リーヴァイの荘厳ロック(造語)と芳雄の爆音美ボイスでもっと楽しくなってしまい、水谷さん(フォロワー)に帝劇前で転んでいるところを見られ、ソワレはゆげろ(フォロワー)と観て、古川さんの宝塚級の美を頂戴しめっちゃ楽しかった。

ついでに次の日に国立新美術館にて開催中の『ウィーンモダン展』も観賞し、世紀末ウィーンに想いを馳せた。

artexhibition.jp

色んなものを過剰摂取したわたしの頭のなかは

「エ~リザベ~ト…ゴ!ジ!ラ!ソリャソリャ!…世紀末ウィーン、セッセシオン!……yeahダイチミウラ!ビ!マイセルフ!ライブ楽しみだな~(まだチケ無し)...あ!ちょっとサカナクション!...1867年~ブダペストの~カテドラルの中じゃ~今しも~…ラドンはごますりクソバード」

というカオスな状態になっており、正直しんどい。


f:id:tomoshka:20190626193703j:image

 

そういえばソワレの幕間、オケのサックスの方が「彼女(シシィ)はキ~レ~イ~~」(おじさんズがゾフィーと作戦会議するシーンのメロディ)を練習していらしてめっちゃ笑わせていただいた...。
難しいんだろうなとは思うけどさすがに「スケベなメロディ」byゆげろ(フォロワー)...。
ずっと練習してらっしゃった。本番は納得いく出来だったんかな。

*・*・:::・*・*:::・*・*:::・*・*:::・*・

観劇日時
①2019年6月23日(日)12:00~@帝国劇場

花總まり井上芳雄平方元基木村達成剣幸/山崎育三郎/大河原爽介

②2019年6月23日(日)17:00~@帝国劇場

愛希れいか/古川雄大/田代万里生/京本大我涼風真世/成河/加藤憲史郎

*・*・:::・*・*:::・*・*:::・*・*:::・*・

 

井上芳雄ショーvs古川トートの抱腹絶倒ショー

マチネはよしおトート、ソワレはゆんトートだったが、どちらも違った個性。エリザベートモーツァルトはメインキャストが違うだけで結構イメージが変わるよなあと個人的には思っていて、それは作り手もやりがいあるだろうし観る側としても面白いところだと勝手に解釈している(諸説あり)。

 

欲望の井上トート

井上トート閣下は「死の欲」という印象。
「死への欲望、渇望」としても存在しているし、トート自信も欲を纏っているかんじ。
そして王でもなく、支配者でもなく、まさに「帝王」 としての確実な佇まいが、我々を畏怖の念に導く。登場するだけでゾクッとしてしまう。
欲を纏っているので、少女シシィに出会ったときの井上トートは若干ロリコンみを帯びている(フォロワー曰く「犯罪臭」)。

そんな少女が大人になり、トートと対立するシーン「私が踊る時」。
花總まりさんのシシィ(ていうかもうエリザベート妃)vs井上トートは、プライドvsプライドといった感じで、火花飛び散る勢い。すごかった。
花總さんもこの回とても調子がよくてお声がしっかり延びて声量もあったので、更に迫力あり。
どちらも勝ちです、ブラ~ボ(声:ルキーニ)!

 

気高い佇まいのロリコントート(誉めている)だが、とにかく声がよすぎ。
いつもテレビで見るときも思うが、表情と歌声が良い意味で分離してる。普通に話すかのように口を開いて動かしてるのにそこから聞こえてくる爆音美声、すごすぎ。歌が演技を邪魔しない。
なんかとにかくすごかったので、わたしのなかでは井上芳雄ショー『エリザベート』になってしまった。

 

誘惑の古川トート


ソワレは古川さんのトート閣下、
やっぱり婚礼場面のトート抱腹絶倒めっちゃおもしろ...。「ギィヤーッハッハッハッハゥ!!、ヒィヤーッハ、、!!」これで一緒に笑わない人いるんか?わたしはもう堪えるのに必死だった。笑袋かな。

 

古川さんのトートについては前回も書いたが、またちょっと変わったかも(前回は初日だったというのもある)。
井上トートが欲望のトートなら、古川トートは誘惑のトート。美の帝王なので、美に誘ってくれます(ありがたい!)。
ゾッとさせるというよりかは不気味。気分屋さんなカンジもある。日中(?)は人間に擬態して生きてそう。

 

前回は花總まりさんのシシィにあしらわれて子犬みたいになってるときもあったが、
今回は例えば体操室のシーンでちゃぴちゃんさんシシィに「ハウス!」されたときとかは、「チィ...なんだよ...」みたいなかんじで去っていってた。

 

今回の共演ルドルフは京本ルドルフだったが、前回以上にルドルフに寄り添うトート閣下だったので、わたしのなかで古川トートは

「過去現在未来の時空を流浪しハプスブルク家を滅亡に導くルドルフの怨霊」説(諸説あり)

爆誕してしまった(オタクの妄想こわい)。
あときょもたん(京本)と古川さんの独立運動およびマイヤーリンクがダンスバトルっぽかった。
相思相愛のきょもルド、古川トート、お幸せに(^-^)………は冗談だが………。

 

書き切れん


花總さんは相変わらずプライド高くお美しい上にお声がよく伸びていたし、
ちゃぴちゃんさんのシシィは少女はもちろんかわいいのに歳を重ねていくにつれて堂々と、美しくなっていって、しかも歌声もセリフの声もかっこよかったし、
京本ルドルフも個性があっていかにも振り回されておかしくなる感じがめちゃくちゃよかったし、
マチネのたつなりルドルフは前回よりバイタリティが減ってて神経質そうになっててよかったし、
まりおさんの皇帝はイメージにピッタリでお声もすてきで、悪夢は最高だったし(………)、
涼風真世さんのゾフィーは冷酷でゾクゾクしたし、
成河さんはベロベロおじさんで不気味で引き込まれる演技だったし、書ききれない。
しばらくわたしのエリザベート観賞はおやすみなので、その間にちらちら忘れないうちに記録していくつもり。 


f:id:tomoshka:20190626193422j:image


f:id:tomoshka:20190626193508j:image

古川トート閣下の笑い袋っていうグッズよろしく。 

びっくり 笑い袋 セット 大小

びっくり 笑い袋 セット 大小

 

ゴジラ面白かった。

godzilla-movie.jp

↓新幹線で見てた。 

 

tomoshka.hateblo.jp

 

東宝『エリザベート』2019始まった

※ネタバレあり

脚本・歌詞 ミヒャエル・クンツェ
音楽・編曲 シルヴェスター・リーヴァイ

演出・訳詞 小池修一郎

*・*・:::・*・*:::・*・*:::・*・*:::・*・

観劇日時
2019年6月8日(土)17:00~
@帝国劇場

キャスト

花總まり/古川雄大

平方元基木村達成香寿たつき

山崎育三郎

*・*・:::・*・*:::・*・*:::・*・*:::・*・

いよいよ始まった。


自己の解放と葛藤、生きることへの執着、死の誘惑、未来への憂い、愛を伝える難しさ、歴史の重さ………
さまざまなテーマを含ませてドラマチックな楽曲とともに繰り広げられるミュージカルが、『エリザベート』だ。

 

今回一発目のエリザベートを浴びたわたし、
「終わるな~~!!」(初日ですけど?)

 

わたしはクンツェ&リーヴァイの作品の奥深さ、
特にクンツェが描く人間の葛藤を、リーヴァイのクラシカルだけどロックが入ったメロディで紡いでいくのが好きだ。

 

エリザベートは先にあげたように色々なテーマがあるので、何度観ても色んな感想が湧いてくる気がする。
真面目に記そうと思うと、
「自己を解放するために生きることに執着したシシィと、自己を解放するために死を選んだルドルフの対比」とか、「変わることを求めたシシィと変わらないことを求めたハプスブルグ」とか、
ひとつレポート書いてゼミで発表できそうな量になりそうなのでひとまず簡単な感想だけ記したい。
思うことはたくさんある。ここに実際たどり着くまで何回も書いて消して書いて消して………していて、きりがない。

 

極端

とにかくこの作品の特徴は、出てくるキャラクターの描きかたが極端なところだと思う。
シシィは魂の自由を求め異常なまでに追求するし、
トート閣下は「生きる」シシィを「死」に誘惑することに執着するし、
フランツヨーゼフはとにかく母親の言いなりになり、
義母のゾフィーはとにかくしきたりにこだわり、
使用人たちの動きも機敏だし(これはクンツェ作品の特徴なのかもしれないが)、
実際観てみないと文字では表現しづらいが、どこか極端で不自然な気がしてしまう。
その理由はこの筋がルキーニの語りだからなんじゃないかと思っている。
「ルキーニの妄想なので、史実とは違うところもありますよ」っていうこともできるので、ちょっとずるいところもある…

 

画がキレイ

ルキーニの妄想語り(語弊)というのもあってか、画がとにかくキレイ………
円盤でも十分キレイだが、実際の舞台を観るとさらにキレイ。
舞台装飾というわけではなくて(むしろ暗くて地味)、例えばシシィの婚礼のシーンでトートダンサーたちに支えられて宙に舞っているようなシーンとか、夜のボートとか、ルドルフが(これから台頭してくる。当時はまだだったが)ナチスの影に苦しむシーンとか。
目にスクショ機能があったら間違いなく容量オーバーするくらい。人間の動きが人形みたいに不自然なところがあるからというのもあるのかな。

 

古川さんのトート

(まるでバーチャル俳優こと)古川さんのトート閣下は、黄泉の帝王というか美の帝王て感じだった。
シシィが皇后エリザベートとして美を追究するのをトート閣下が導いてる説(出典:自分)。
キメポーズがひたすら多いトート閣下なので、いちいち美しく決まっていて脳内スクショしまくった。
最近までプロ ルドルフをなさっていたからか、対ルドルフのシーンが対シシィのシーンより深みがあって良いと思った。
2016年の城田トート閣下はちびルドルフのことを餌食っぽく「美味しそう…」と見てる感じがあったが(不気味で良い)、今回の古川閣下は優しい顔でよく話を聞いている印象だった。「美味しそう…」というよりは「こいつ、ポテンシャルある…」て感じか?
ルドルフのラストシーンは、ルドルフが死を選ぶというよりは死(トート)がルドルフを導いてるような感じ。
対シシィは結構シシィにしてやられて悔しそうな表情が多いが対ルドルフでは完全に強い。
あと、笑い声が響き渡るシーンでは「腹筋割れるくらい大爆笑」してた。
これから変えてくるところがあるのか、今のキャラクターを極めてくるのか、とても楽しみ。

 

花總さんのシシィ

花總さんは相変わらず感情の込めかたが素敵です。
純粋な少女としての姿、美を手にして自信がみなぎった姿、怒りを露にした姿、憔悴した姿、どれも生きてる。
美を手にして自信がみなぎった姿の1幕ラストは何回観ても美しいけど、席が舞台から離れていても瞳の輝きが見えるくらい。
『私が踊る時』のトートへの「わたしは言いなりにならないわよ」っていう視線が好き。
大河ドラマや精霊の守人の花總さんもすてきだったので、もっとドラマでも見たいな~と密かに思っている。

 

平方さんのフランツヨーゼフ

フランツヨーゼフの平方さんも素敵だった。
お声がきれいだし、「本当にエリザベートを愛しているんだよ」っていう一方通行感が出ていた。
これはわたしの勝手なイメージだが、フランツヨーゼフ1世は「残念な夫」として描かれがちなルイ16世とは決して違うと思っている(以前Twitterで混同?しているような人がいたので)。
昨年ウィーン滞在時に所々でフランツヨーゼフの名前や絵、胸像等を見かけ、今のウィーン市内の姿を作った国王として親しまれているような印象を受けた。
能力の有無はさておき、生真面目で仕事熱心な一方で人間的に不器用な人だった、というイメージ。宮殿内の部屋にたくさんの家族の肖像画が飾られている光景を見て、ひとり切ない気持ちになったのを覚えている。
平方さんは、そういう「振り返ってほしい」と真面目に(だけど一方的に)伝え続けるフランツヨーゼフのイメージに合っていて素敵だなあと思った。

 

達成のルドルフ

(木村)達成のルドルフは、一生懸命に何かを変えようと思って動き回っているけどどうにもこうにもこの世がわからなくて、周りに振り回されて騙されてしまう…という感じのルドルフだなーという印象を受けた。
インテリ系のルドルフになるかな?っていう勝手な想像とは違ったが、若々しくて新鮮な姿でよかった。
先にも述べたけど、ルドルフ自らが死を選んだというよりかは死(トート)からのアプローチが大きい感じだったし、まだ死を怖れているけど逃れようがなく死へ…という感じ。
達成はセリフがはっきり聞き取りやすいし、また変化していくのかなと思うとこれからも楽しみ。

 

 

まだまだあるけど書ききれないので、今回はとりあえずこれだけにして、また次に持ち越そうと思う。

 

3ヶ月のロングラン公演、ハード過ぎて演者の皆様のお体が真っ先に心配になるが、無事何事もなく完走をお祈りしている次第。


f:id:tomoshka:20190626193839j:image
f:id:tomoshka:20190626193851j:image

三浦大知さん、カバーアルバム出してほしい

三浦大知さんのカバーがすき。
原曲が改めていい曲なんだと気付かされるし、アレンジもとにかくオシャレ。女性シンガーの曲を歌わせたらめちゃくちゃ色っぽくなる。なんななや!

すべりだい

すべりだい

 

 元来椎名林檎が好きで、原曲を聞き倒してたので、このカバーを聞いたとき「何てことをしてくれたんや」と思った。耳から入るお風呂?イヤホンで聞いたら「イヤホンから温泉出てる?」ったなる。うまく表現できないが

www.kansou-blog.jp

私の100億倍語彙力のあるこの方(いつも面白い)が説明してたのでご参考。

かと思えば 

決戦は金曜日

決戦は金曜日

 

 こういう。
2018-2019のONE END TOURで披露した星野源の『アイデア』も最高だったし。
この人は歌うだけで「世の中にはたくさん素敵な歌があるんですよ~♪」っていうプレゼンになる。ずるいな。

絢香さんのカバーアルバムも素敵だったので、そのうち三浦大知さんも出してほしいし、よくテレビとかでカバー披露してるし、勝手にカバーアルバム出すこと前提で収録してほしい歌(結果的に自分が好きな歌)を挙げることにした。

open.spotify.com

(※以下*はサブスク未解禁のため、カバーがあるものは良いカバーを代わりに登録)

 

1.『雪の華』/中島美嘉


R&B色がある『Helpless Rain』とも迷った。
気だるく低く静かにAメロに入って、Bメロで堪えて、サビでは艶を含んだ歌声ですべてを解放…絶対良すぎる。アリよりのアリ。聞こえてくるもん、わたしの耳に、脳に、ダイレクトにCVダイチミウラ&アレンジUTAのHelpless Rainが。
でも『雪の華』を選んだのは、もう既に中島美嘉とのコラボしてる回を見て聴いて、絶対に最高であることを知ってしまったから。
優しい声にぴったりだし、一人称が「僕」なのが良い。
どうしてもソロのフルを聞きたい。満面の笑みで歌ってるのも見える。
とりあえずどっちでもいいからお願いします。
雪の華』をカバーしたら、次はアンサーソングの『ひとり』もそのうち歌ってほしい。

 

2.『旬』/椎名林檎


正式音源化して!はやく!
…かつてラジオでカバーしたという音源を拝聴したのだが、素晴らしすぎてうっとりする。まさに旬の極み。豊潤で芳醇。栄養価高すぎて耳が痛風になる。
先に挙げた『すべりだい』は切なさがあるけど、『旬』は脆さもありながら幸福感もある。
元から原曲も好きで何度もリピートして聞いてたけど、三浦版はまた違った煌めきがあるし、カバーした過去があるのが椎名林檎好きとして嬉しい。
なぜこの曲を選んでカバーしたのか経緯を知りたい。
未カバーの楽曲だと、『眩暈』も聞きたい。「アタシ」って歌うとこ聞きたいという好奇心もある。

 

3.『肌』/星野源 *

『アイデア』のライブ音源が今度リリースの円盤には収録されなくて、あの場で聞けたものは本当に貴重だったんだな。
ということで『アイデア』のカバーがめちゃくちゃによくて、音源化されないのはかなり残念だけど、『肌』みたいなしっとりゆったりした感じの星野源も合うと思うので。
アルバム『POP VIRUS』を聞いたとき、直感で「カバーしてほしい」って感じた。笑顔で歌ってる姿が目に浮かぶ。
カバーでもいいし星野源から楽曲提供してもらってもいいからお願いします。

 

4.『何度でも』/DREAMS COME TRUE

『優しいキスをして』で切ない感じもいいなとしばらく思ってたけど、『何度でも』で励ましてもらうのもいい。
「何度でもゥ!何度でもゥ!何度でもゥ!立ち上がり~呼ぶよ~~~!!」って大声で歌ってほしい。「あきらめないで、叫べェ~~~~~~~~~~!!」とかやばそう。
過去『ドリウタ』『わたしとドリカム』で収録された『未来予想図Ⅱ』も『決戦は金曜日』も原曲の良さを再認識できるようなカバー だった。楽曲提供してもらった『普通の今夜のことを』もドリカム感が残っていてよかった。ドリカムとは親和性があると思うのでま たカバーしてほしい。

 

5.『COLORS』 /宇多田ヒカル

『Can You Keep A Scret?』でもいいけど。ウタダでごりごりに踊ってほしい。
『COLORS』なのは、色んな色に出合って色を説明していくダイチミウラに興味があるし、そのMVを作ってほしいから(MVまで要求するモンスターカスタマー)。
Aメロでゆったりだと思ったらテンポよくなったりするところとか、Bメロはゆったりなのにサビでまたテンポがよくなるところとか、キレのいいダンスで決めてくれそう。

 

6.『涙そうそう』/夏川りみ

今年はじめの方のうたコンでも歌ってたけど、持ち歌では?と思うくらいなので。
そんなに説明しなくてもわかると思うので。

 

7.『Missing』/久保田利伸 *

久保田利伸絶対。
LA・LA・LA LOVE SONG』でもいいけど、わたしが好きだというのと、初期の楽曲(アルバム『Who's The Man』)にもあったような切ない感じが『Missing』にはあるので。

 

8.『木蘭の涙』/スターダスト・レビュー

色んなひとがカバーしてて、わたしは佐藤竹善木蓮の涙で育ったが(?)、最近は高畑充希さんバージョンも好きで聞いてる。
最強ヒーリングボイスでこれをカバーされたら子守唄みたいになりそう。

 

9.『風になりたい』/THE BOOM

合うに決まってるから。
高校生のころ、FM802主催のMEET THE WORLD BEAT 2009でTHE BOOMを初めて見た。夏の夕暮れに聞いたこの曲は、暑さを忘れるような心地よさがあったのが忘れられない。
だからこの曲をカバーして、野外で歌ってほしい。たぶん爽やかな風が吹くはずだから。

 

10.『接吻』/ORIGINAL LOVE

良すぎて耳からお湯が入ったみたいになるに決まってるから。
原曲は田島貴男氏のじっとりねっとりで湿度100%みたいな感じだが、ダイチミウラがカバーしたらしっとりになりそう。
想像するだけで最高なのがわかる。

 

11.『三日月』/絢香

絢香とコラボした曲もよかったし、伸びやかに歌えると思うから。
「そう ノーモアクラ~~~~~~~~イ」とかすごそう。

 

12.『恋しくて』/BEGIN

もしかしてもう歌ったことある?それくらい合うに決まってる。
ギターの弾き語りで歌ってくれそう(MVのみならず弾き語りまで要求するモンスターカスタマー)。

 

13.『始まりはいつも雨』/ASKA *

ASKAさんいろいろ大変だったけどこの曲が名曲であることは永久不変。
「は~じまりは、いつもあめ」の「あ~!め~!」って頷きながらこぶしを握っているのが思い浮かぶから。

 

bonus track
14.『Seasons of love』/RENT

 

『糸』/中島みゆきと、『I LOVE YOU』/尾崎豊はわざわざ想像しなくてももし実際にカバーアルバム作るなら入れてくれそうだからあえてここでは書かなかった。

オリジナルアルバムは勿論楽しみすぎるけど、落ち着いたらカバーアルバムお願いします。

open.spotify.com

 

未来予想図?

未来予想図?

 

 

 

tomoshka.hateblo.jp

tomoshka.hateblo.jp

 

youtu.be